朝からなぜか

ソファーの狭い肘置きの上に座り、パパに何かを求めているグラ姫。
おそらくパパと同じ目線になりつつ 早くもおやつをおねだりしてる模様…今、朝ご飯のカリカリを食べたばかりなのに ホント食いしん坊すぎて困ります。。。(苦笑)
そんなグラをお留守番させて

本日もとりあえず『NAGOMI SPA & FITNESS』からのスタート

以前一度ご紹介した気もしますが、とにかくここのロッカールーム内のリラクゼーションスペースに置かれている「フレッシュオレンジジュース」がめちゃウマい!!
僕はずっと若い頃から、リニューアル前のHawaii『ニューオタニ カイマナビーチ ホテル』にあった『Hau Tree Lanai(ハウツリーラナイ)』でブレックファーストをとりながらいただくオレンジジュースが世界で一番美味しいと思ってたんですが、それに匹敵する美味さ!!
それがジムのフリードリンクスペースで出されちゃうわけですから、さすが天下の『グランドハイアット』だよね〜😉。
そんなオレンジジュースをランチ代わりに、夕方早めの時間から わざわざ首都高速を使ってまで 向かった先は

湯島天満宮の大鳥居の少し坂の上にある『ステーキしのだ』。

店先に置かれた看板はもう壊れてボロボロになっているほどの

創業40年以上(1982年創業)を誇る、知る人ぞ知るステーキの名店…この蔦に鬱蒼と覆われた店の

とてつもなく歴史を感じるその扉を開けるには、やはりちょっとそこいらの一見さんではなかなか不可能なのは間違いないでしょう。。。(苦笑)

一歩店内に入ると、巨大な鉄板焼きプレートが設置されたベンチシートが2席のみの、こじんまりとしながらもゆとりさも備えた昭和感溢れるインテリアと、一瞬「鯉」かと見間違うほどの巨大な金魚が二匹泳ぎ回る水槽が目に飛び込んできます。
何もオーダーすることもなく

華やかに盛られたボリューミーなサラダ(ドレッシングがまた昭和っぽくてめちゃウマ!!)が出てきたかと思えば

もうすでにバターで焼かれ始めていた大量の「しめじ」たちが目の前に登場…と、このなんともシステムがつかめない不思議なお店なわけなんですが、

実はこのワンオペで店の全てを仕切る、まさかとても82歳とは思えない 肌がツヤツヤのオーナーシェフ篠田さんは、今は亡き僕の父親が生前一番可愛がっていた「舎弟」のような存在(😅)だった方で、

元々は1945(昭和20)年創業の鉄板焼ステーキを世界で初めて提供した老舗ステーキ店『みその』で腕を振るっていた篠田さんを常連だった父が気に入り、プライベートで銀座やら赤坂、そして僕の実家にまでと 連日連夜連れまわしていたのをきっかけに、挙句の果てには 言ってみれば我が家の税金対策のためのトンネル会社と思われる謎の会社の取締役にまで名前を連ねていたというんですから笑いますよね〜🤣。

「給料をもらう代わりにゴルフ代は全てタダにしてやる。」という父から提案されたわけのわからない口約束で、見知らぬ書類にサインをさせられたというエピソードを聞き、思わずうちの父親は裏社会で一体何をやっていたのかと今更ながらにまた興味が湧いてきてしまいましたよ〜😂。
ちなみに「食べログ」などの口コミのほとんどに「無口な店主」と投稿されておりますが、本当の篠田さんは無口どころか、逆に相当明るい性格のお喋り好きでダンディーなおじさまであります。

うちの父親はというと、当時『鉄』が世界を仕切っていた頃の『川崎製鉄』の重役であったものですから、当時の幼き心に覚えていることから想像すると、おそらく経費の使いまくりはもちろんのこと(苦笑)、親友として毎晩のように飲み歩いていたメンバーが当時の通産省のお偉方や内閣副総裁らだったことからも、今で言う元電通専務の高橋容疑者が引き起こした東京五輪、パラリンピックを巡る汚職事件のようなことが日常茶飯事に行われていたのではないかとも容易に察することができるわけで、

そうでもしない限り、ぶっちゃけ普通のサラリーマンが一代で青山に大きな家を建て、数台の車を所有し、お手伝いさんを雇い、毎晩のごとく銀座の高級クラブを呑み歩き、自宅の座敷に銀座の超一流寿司店『寿司幸』さんの大将を呼び握らせ、宴を開くなんてことなどは到底できなかったはず…😅。
(なので僕が幼かった頃までは、お寿司屋さんというのは家に握りに来てくれるのが当たり前だと思っておりました…苦笑。)

その当時といえば バブル時代のさらにもっと昔の、まさに日本の高度成長期の絶頂でありましたから、まぁ何をしても許された時代でもあったようですが、

それに一からずっと付き合っていた篠田さんも、ステーキ肉を捌く手は休ませずとも、「お父さんには相当美味しい思いをさせてもらったよ。」と目を細めて昔の思い出に耽っておりました。

な〜んて古すぎる昔話に花を咲かせていたら、あっという間に大量のにんにくと共に第一陣のお肉たちが…これでもまだ半分にも満たない状態でして、

篠田さんに「今日のお肉って一体何グラム?」と聞くと「ちょうど650g!」と言うからびっくりですよね〜🤩。
なのにですよ〜鹿児島黒牛のA5ランクのメス肉のみしか使用しないといったこだわりを持つ、その脂身も少なくあっさりとしたお肉は、 見る見るうちに病み上がりの僕の胃袋の中に収まっていってしまうからあら不思議…またシンプルにお醤油と辛子をつけていただくスタイルも 実に昭和らしく、 さっぱりとバクバクいただけてしまう原因のひとつ…「ピーマン」や大量の「もやし」らも一気にやっつけたら

〆のお楽しみはもちろん

「ガーリックライス」…これがまた表面がうっすらとカリッとしていて、しつこすぎず薄すぎずで もういくらでも食べれてしまいそうなほど美味すぎる!!
さらに特別にお願いしておいた

この店の爆発的人気ランチメニュー「ステーキカレー」まで出してくれちゃったもんですから、もう久々の炭水化物祭りで 一瞬 体の方は平気かなと心配にもなりましたが、まぁこのカレーがまたマジでヤバい!!
この文章を書きながらもう食べたくなってきちゃいましたよ〜💦💦💦。
なんて表現したらいいんんでしょうかね〜完璧に大人の味と言うか ややビターの効いた甘味の少ない激辛系で、コクはもちろんのこと、ただの洋食カレーとはひと味もふた味も違う、継ぎ足し継ぎ足しの中で生まれてきた 高級感溢れる 贅沢でスパイシーな味わい…。
これをランチならサラダ&コーヒ付きで わずか¥1400で味わえるっつうんですから、篠田さんも全く儲ける気 ZEROなんでしょうね〜😌。

最後に丸々と大きな「シャインマスカット」たちが現れて、ようやくたった一人で演じる「篠田劇場」の幕は閉じることとなるわけですが、アルコールを飲まなかったにせよ、こんだけいただいてまさかのジャストひとり¥10000!!!(さすがにちょっと昔のよしみ値引きもあるかもしれませんが…苦笑。)

実はなぜいきなり篠田さんのところに行こうかと思ったかと言うと、たまたま9月の13日の深夜にテレビをつけていたら、そこでONAIRされていた「寺門ジモンの取材拒否の店 2022年秋」に、ジモンが10年前から交渉してみたいと望んでいた「肉のレジェンド」が一人営むステーキ店としてここ『ステーキしのだ』が紹介されていたのを見たからでありまして、ぶっちゃけもうとっくに引退なされているのかと勝手に思い込んでいた僕は、ベッドから飛び起き「うわ〜篠田さんだぁ〜!!」と叫んでしまったんですよね〜😆。

そんな篠田さんは「今日もこれから呑まなきゃいけないし、今でもほぼ毎日、昔カズくんのお父さんに教わったように華々しく呑み歩いてるよ。」と語る、20歳以上離れた妻とまだ28歳の女の子の父でもある現役バリバリの82歳!!
やはり僕もまだ隠居などとは口にせず、篠田さんを見習って「肉」をバリバリ食べながら夜の街でぶいぶい言わせないとダメですかね〜😂。
生意気にもこれからの人生、無理に嫌な仕事はしないと決めたもんですから、先立つものもすでにあとわずかと限られてはおりますが、今回の「がん宣告」のように いつ急に命を奪われるかもしれないし、現金を背負って棺桶に入るわけにもいかないので(苦笑)、これからは使えるものはパァ〜っと使えるだけ使ってしまおうと考える今日この頃であります。。。






